シナリオの迷宮 ~あるいは(無恥がもたらす予期せぬ軌跡)

脚本愛好家じぇれの思考の旅。とりとめもなく綴っていきます。

『トールマン』人は見たい物だけ見たいように見る(ネタバレあり)

こんにちは、じぇれです。
今回のお題映画は、『マーターズ』で無数の観客を胸糞悪くさせた、奇才パスカル・ロジェ監督の『トールマン』!
本作は、私の好みをよく知る相互さんがお薦め下さったのですが、果たして気に入るのでしょうか?

※後半ネタバレがあります。ネタバレをする際には注意書きをつけますので、未見の方はご注意ください。

《地獄の映画100本ノック その5 『トールマン』》

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”ホラー秘宝”レーベルの映像が冒頭に流れるんですが、こいつが最大のミスリード要因になってるなぁ(笑)

というわけで、鑑賞直後の感想がこちら。

【あらすじ】ネタバレなし
18人の子供たちが連続して誘拐された、寂れた田舎町。人々は見えざる犯人を”トールマン”と名付けて恐れた......

都市伝説ホラーのような導入ですが、実はホラー映画ではありません。パスカル・ロジェ監督も語っている通り、純度100%のミステリー映画なんです。

緻密な脚本が素晴らしく、最後には色々と考えさせられること間違いなし。

未見の方は、ここから先は読まずに、ぜひ本編をご覧下さい。好みは分かれるでしょうが、かなりの秀作ですから!


=====ここからネタバレ全開!=====




=====本当にネタバレするよ!=====




=====じゃあ、書いちゃうよ!=====






【トールマンの正体】

本作では、息子を誘拐される悲劇のヒロインのように見えたジェシカ演じる女性こそが、子供たちを誘拐していた真犯人なんです。

ジェシカ・ビールズ=”トールマン”!

※厳密には単独犯ではないのですが、それは次章で。

実は、この仕掛けだけは、開始9分の「人々は”トールマン”と名付けた」というセリフで気づきました。というのも、私の大好きな小説に同じ仕掛けがあるんですよ。なので、男だと思われるあだ名を全面に出して、犯人を男だと誤認させるトリックなんだなぁとは分かっちゃったんですね。

それでも、本作は面白いんですよ。優れたミステリーは、ネタがわかっても面白いもので。
『トールマン』は、この仕掛けだけではない重層的な構造を持っていて、その緻密さに感服致しました。

【トールマンは何をしていたのか】

ヒロイン夫妻、寂れた町へ

聖人のような夫が人々の信頼を得る

人々の家庭事情を探り、劣悪な環境の子供をリストアップ

夫、死んだふりをして姿をくらます

夫、子供を誘拐する

妻と協力者、子供を洗脳する

夫、裕福な里親に子供を引き渡す

つまり、トールマン御一行は善意の誘拐をしていたというのが、本作の真相というわけです。

その上で、貧困の犠牲になる子供が増加している社会問題にスポットを当てることこそが、パスカル・ロジェ監督が意図したことです。

「さぁ、あなたはヒロインを責められますか」と。

この問題提起への答えは、各自で出すとしましょう。

【映画では人生の一部だけしか見ていないのに】
「人は見たいものしか見ようとしない」という名言がありますが、映画や小説では、その習性を逆手にとって、私たちを騙しにかかることがあります。

私たちは、登場人物の人生の途中からしか見せてもらえません。にもかかわらず、「仮死状態の赤ちゃんを蘇生するヒロイン」「町の変わり者にもコーヒーをあげるヒロイン」「子供と楽しそうに遊ぶヒロイン」を観ていると、「ヒロイン=いい人」と思い込み、それをどんどん膨らませてしまうんですよ。

さらに本作が上手いのは、それらのミスリード要素がすべて「ヒロイン=犯人」の伏線にもなっているということ。2度観ると、その無駄のなさに驚くはずです。

しかも、タイトルが出るまでの約10分間で根幹のセットアップは済ませてしまうんです。この手際の良さも、素晴らしいの一言。

考察ブログではありませんので、これ以上は書きませんが、実にクレバーで手間暇をかけた脚本と言わざるを得ません。

パスカル・ロジェ恐るべし!

というわけで、観客の心理を恐ろしいほど巧みに操る快作『トールマン』のレビューでした。

ついでに類似作をお薦めしたいのですが、こういうのは書いちゃうとネタバレですからねぇ。やめておきます!